ねこのめ

ねこのめみたいにくるくる回る日常の出来事

最前線から娘の風邪を心配する年若き父親。

最前線に立つ兵士たち〜戦没兵士の手紙集



雪凍る北満の地で、暑熱のジャングルや孤島で、傷つき倒れ、
あるいは飢え、また太平洋の底深く沈められ、はては沖縄で武器も持たず丸裸で殲滅されていった人たち。

将来ある有為の人材が戦場の露と消えた。

平和国家日本70年の歩みを停めてはならない。

日本は戦争しない国であってこそ存在価値がある。

太平洋戦争で300万人もの人命を失った大戦争を忘れようとしている。

忘れてはならない太平洋戦争、戦場に死んだ若者たちの手紙を今の日本に伝えたい。

最前線から娘の風邪を心配する年若き父親

久子、12月25日はもうすぐです。こちらは「クリスマス」です。

「クリスマス」とはどんなことをするのかお父さんはまだはっきり知りませんが、
お友達を招いてご馳走をして楽しく遊び、又プレゼント(おくりもの)を贈りかわしたり、
まあ日本のお正月のようなものでしょう。

クリスマスには「サンタクロース」の白い長いひげをしたおじいさんが
夜中に雪の降る中を犬に引っ張られて大きな重そうな袋をかついで、
その中には子供の好きなたくさんのおみやげを持ってくると言います。

これは絵本でどこかで見ましたね。
しかしかしこくない子供にはおみやげをやらず、この袋の中に入れて連れて行くのでしたね。

この中の美しい手紙はフィリッピンで、お友達どうし招待をするあいさつ状で、
まあ日本の年賀状のようなものです。

これはサンタクロースのおじいさんが重たい袋をかついで犬にひっぱられてきた所です。

もう1枚秀子宛に送りましたのはサンタクロースのお爺さんが
時計の振り子のブランコにぶら下がってニコニコしている所です。

ブランコを静かに動かしてみなさい。
時計の針も動きます。お正月も近く寒いでしょう。かぜをひかぬように。

昭和18年12月12日 父より 久子(長女)


U・C 昭和19年7月28日  ニューギニアにて戦死 34歳 陸軍伍長
故郷の愛娘に書いた手紙。クリスマスのことを丁寧に説明している。

戦地にいるといえ、まだ心に余裕があるようだ。
しかしお父さんは7か月後にニューギニアで亡くなる。34歳と一番脂ののってきた年齢である。

さぞ悔しく、さぞ無念だったろう。

子供たちのためにやりたいことは山のようにあったろう。

無意味な戦争に駆り出され、誰を恨んでニューギニアに死したのだろうか。

お父さんは死ぬが、お前たちだけは平和な日本で生きてくれと思って戦っていたのではないだろうか。